「自由人」蛭子能収が教えてくれること――認知症公表から6年、キャンバスに向き合う78歳の日常と「忘れる強さ」
蛭子能収 現在の姿に、多くの人が温かい眼差しを向けている。2020年に軽度認知障害(MCI)とレビー小体型認知症を公表してから6年。テレビで見せたあの独特な「ヘタウマ」な笑顔と、予測不能なゆるいキャラクターは、今も私たちの記憶に鮮明に残ったままだ。78歳を迎えた彼が送る日常は、かつてのギャンブル狂いのにぎやかさとは少し違う、穏やかで、しかしどこか彼らしいユーモアに満ちたものだった。
妻の献身的なサポートを受けながら、自宅で絵を描き続ける生活を送る蛭子能収 現在の様子は、時にSNSやメディアを通じて発信され、同じ病と向き合う家族にとっての希望の光となっている。記憶が薄れゆく日々の中で、彼の手が描き出す独特のタッチは、今なお色褪せることがない。昭和、平成、令和と時代を駆け抜けた不世出の漫画家は、今どんな景色を見つめているのだろうか。
認知症公表から6年、78歳になった「昭和の異才」の日常

かつてテレビのバラエティ番組で見せない日はなかったほど、お茶の間に愛された蛭子能収。現在の彼は、東京都内の自宅で静かな療養生活を送っている。かつてのように競艇場へ足を運ぶ頻度は減ったものの、テレビでレース中継を眺める時間は今でも彼にとって特別な娯楽だという。
レビー小体型認知症特有の症状である幻視や、体幹の衰えによる歩行の不安定さはある。それでも、彼の本質は変わっていない。周囲が心配して声をかけると、「まあ、なんとかなるよ」と、あの独特のトーンで返す。その一言が、介護する家族の張り詰めた心をどれほど救っているか計り知れない。
「ヘタウマ」の原点へ立ち返る――キャンバスに残る純粋な表現

記憶の引き出しが少しずつ閉じていく中で、最後まで残り続けるものがある。蛭子にとって、それは「描くこと」だった。机に向かい、ペンを握ると、彼の表情は一瞬でプロの顔に戻る。
最近の作品は、かつての毒気を含んだシュールな作風から、どこか丸みを帯びた、温かみのあるタッチへと変化している。言葉でのコミュニケーションが難しくなっても、線と色彩が彼の内面を雄弁に語る。アートセラピーの枠を超え、一人の表現者としての魂がそこには宿っている。絵は嘘をつかない。彼の描くキャラクターたちは、今も自由そのものだ。
盟友・太川陽介との絆と、お茶の間を沸かせた「バス旅」の記憶

蛭子能収を語る上で欠かせないのが、テレビ東京系の人気番組『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』でコンビを組んだ太川陽介の存在だ。正反対の性格だからこそ生まれた絶妙な空気感は、多くの視聴者を魅了した。
番組を引退し、蛭子が病を公表した後も、二人の絆が途切れることはなかった。太川は折に触れて蛭子の元を訪ね、他愛のない話で笑い合う。かつての旅のディテールを蛭子が忘れてしまっていても、太川の顔を見ると、その表情がパッと明るくなるという。ビジネスを超えた本物の友情が、そこには確かに存在している。
ギャンブルと「自由」を愛した男が選んだ、穏やかな隠居生活
「お金がすべて」「競艇のためなら仕事もする」。かつて公言していたそんな破天荒な価値観は、今の蛭子からは影を潜めているように見える。しかし、それは枯れてしまったわけではない。執着から解放された、究極の「自由」を手に入れた姿なのかもしれない。
勝負の世界に身を置き、常にスリルを求めていた男が、今は窓辺から差し込む陽の光を浴びて微笑んでいる。この劇的な変化は、人生の後半戦における幸福のあり方を、私たちに無言で問いかけているようだ。何もしない贅沢。それこそが、今の彼に許された最高の時間なのだろう。
家族が語る「忘れていくこと」の受容と、支え合うケアのあり方
認知症の介護は、決してきれい事だけでは済まない。日々の葛藤や疲労は当然ある。しかし、蛭子の妻はメディアの取材に対し、「怒っても仕方がない。今の蛭子さんを丸ごと受け入れるだけ」と語っている。
忘れていくことを悲観するのではなく、新しく出会い直すような感覚。その心の持ちようが、介護の現場に漂いがちな暗い影を払う。蛭子家が実践する「無理をしない、抱え込まない」ケアのスタイルは、超高齢社会を迎えた日本において、非常に重要なヒントを示している。
蛭子能収という生き方が、超高齢社会の日本に問いかけるもの
認知症であることを隠さず、ありのままの姿を世間に晒した蛭子の決断は、社会に大きなインパクトを与えた。病気を「恥ずべきもの」とせず、老いていく過程の一部として自然に見せる。その姿勢に救われた人は少なくない。
完璧であることを求めがちな現代社会において、彼の「ゆるさ」と「不完全さ」は、一種の救いである。老いることは退化ではない。ただ、別の生き方に移行するだけだ。蛭子能収の現在は、私たちにそんな人生の後半戦の歩き方を、身をもって教えてくれている。 (出典: 蛭子能収 現在(Yahoo!ニュース))